2022.06.02
95歳の看板俳優、認知症を患う主婦…“生きづらさ”を抱えた人たちが作る新しい演劇(3)【岡山】
岡山の劇団「OiBokkeShi(オイ・ボッケ・シ)」。役者は95歳の看板俳優をはじめ12人。人とうまく話せないことに悩む若者や、認知症を患う主婦、脳性麻痺と闘う女性など、何かしら“生きづらさ”を抱えた人たちだ。“ひとりひとりの個性そのまま”に、従来の演劇にはない舞台を作りだそうとしている。
◆公演直前、進まぬ準備◆
本番まで12日。この日、「OiBokkeShi」を主宰する菅原直樹さん(38)は、俳優たちを集めて言った。 (主宰・菅原直樹さん)
「タイトルを決めました。『エキストラの宴(うたげ)』。“おかじい”演じる岡谷さんがエキストラの会の代表なので、エキストラをテーマにできたらいいかなと思っています」
公演の正式タイトルは「エキストラの宴」に決定。 ところがこの日、“公演の延期”も発表された。理由は「新型コロナウイルスの影響」や「稽古不足」。代わりに、正式な公演ではなく、演劇の創作過程を観客に見せる“ワーク・イン・プログレス”として発表することになった。 (菅原さん)
「公開稽古です。なのでそのつもりで見に来てもらえたらいいかなと…。よくお芝居を見に行くと、お客さんがぞろぞろ集まって、緊張感の中、幕が上がって始まるんですけど、そういう空気ではやらないで、最初から『きょうは公開稽古ですよ』と」(笑)
新型コロナの影響で、4日先の稽古場も決まらない状況だった。
(菅原さん)「12日って空いてますか」
(施設の職員)「ワクチン接種の日で広い部屋が空いてないです」 (主宰・菅原直樹さん)
「新型コロナがすごく身近に感じ始めた。場所が借りられないので、結構大変でした。台本がバタバタで遅れちゃって、3月のまん延防止措置明けから本格的に動き出した感じ。(公開稽古にしたのは)稽古場で生まれるものがとても多いので、それをお客さんと楽しもうと…ちょっと開き直った感じ」
◆看板俳優のこだわり◆
菅原さんは、95歳の看板俳優、“おかじい”こと岡田忠雄さんに、ある提案をした。 (菅原さん)「新型コロナがひどくなって活動できない時、休みにするのか…やっぱり我々はこの状況でも演劇を出来たらと思うんですよ」
(おかじい)「それは大賛成」
(菅原さん)「その一つとして、『オンラインを通じてお芝居ができたら』面白いんじゃないかと思ったんですよね」
オンラインで演劇のワークショップを開こうと説明する菅原さん。おかじいは・・・
(おかじい)「僕にはできない。舞台だったらどんな役でも命をかけてするけど、テレビ電話で命をかけることはできない。まずインターネットの意味を知らないもの、年寄りは」 老後は映画や芝居にエキストラとして出演することを夢みていた“おかじい”。約30年前、今村昌平監督の映画「黒い雨」にエキストラとして参加した思い出は宝物だ。
◆妻の介護◆
“おかじい”には認知症の妻・郁子さんがいる。自宅で面倒をみる、いわゆる“老老介護“だ。2015年。 (おかじい)「おーい郁ちゃん、おいしいのができたよ。起きて」「おいしい?じゃあゆっくり食べるんよ」 (おかじい)「ちょっと休憩…一服じゃ」 郁子さんの深夜徘徊はおかじいを追い込んでいった。
(おかじい)「今からどこ行くの?暗いからだめ、外行ったら」 (おかじい)「よそ様の家の玄関先で寝たり、座り込んだりしている」
そして2022年1月。 郁子さんの症状は徐々に進行し、1年前、家に戻ってこられなくなった。 “おかじい”のことをほとんど認識できない郁子さん。それでも、おかじいは郁子さんを励ます。
(おかじい)「はい食べて…おいしい?」「あしたまた来る、ご馳走持って来る、ありがとう」 ◆監督との絆◆
本番まであと9日。劇団は合宿を行うことになり、主宰する菅原さんは、“おかじい”を迎えにやってきた。 (菅原さん)「明日とあさって稽古があるので、奈義町に2日間泊まってもらいます。きょうは移動だけ。2泊しますから、洋服も準備します」
(おかじい)「ここまでしてくれる監督…人物はいますか」 (主宰・菅原直樹さん)
「僕は演劇に出会えた…おかじいに出会えた。演劇をすることによって徐々になりたいものになれた。やりたいことができた」 「もしかしたら、今まで演劇に出会ってないけど、演劇に出会ったら化ける人がいるかもしれない。やりたいこと、なりたいものになれる人がいるかもしれない。岡田さんはすごくその魅力が詰まった人。88歳で演劇に出会って95歳の今も演劇を続けている。まだまだ自分の芸に満足しない。そういう稀有な存在の岡田さんに会ってもらいたい。色んな人たちに」
◆舞台に命をかける“おかじい”◆
その夜、“おかじい”は菅原さんに思っていることを話した。 (菅原さん)「疲れたけど楽しい1日でしたね」
(おかじい)「そうだけども…楽しくなかったこともあります」
おかじいは、今回スタッフとして参加するプロの劇団員を、『役者として出演させてほしい』とお願いした。
(おかじい)「もともとOiBokkeShiの劇団員ですよ。わしがもし監督だったら、新しく入った奈義の人を削ってね・・・」
(菅原さん)「でも今回は違います。そういう趣旨ではないですから」
(おかじい)「それは理解できません」 出演者は初心者ばかり。しかも見せるのは未完成の舞台・・・舞台に命をかける“おかじい”の不満と不安は一気に噴き出した。
(おかじい)「『直樹監督が出演を認めてくれました』と言っている。明日来るんですよ」
(菅原さん)「なんでそれを言っちゃったんですか!・・・私監督ですから。従ってください。身を引き締めて演劇をつくっていきましょう」 ・・・結局、菅原さんは“おかじい”の提案を受け入れなかった。そして、公開稽古の日の朝がきた。
(※4につづく)
◆公演直前、進まぬ準備◆
本番まで12日。この日、「OiBokkeShi」を主宰する菅原直樹さん(38)は、俳優たちを集めて言った。 (主宰・菅原直樹さん)
「タイトルを決めました。『エキストラの宴(うたげ)』。“おかじい”演じる岡谷さんがエキストラの会の代表なので、エキストラをテーマにできたらいいかなと思っています」
公演の正式タイトルは「エキストラの宴」に決定。 ところがこの日、“公演の延期”も発表された。理由は「新型コロナウイルスの影響」や「稽古不足」。代わりに、正式な公演ではなく、演劇の創作過程を観客に見せる“ワーク・イン・プログレス”として発表することになった。 (菅原さん)
「公開稽古です。なのでそのつもりで見に来てもらえたらいいかなと…。よくお芝居を見に行くと、お客さんがぞろぞろ集まって、緊張感の中、幕が上がって始まるんですけど、そういう空気ではやらないで、最初から『きょうは公開稽古ですよ』と」(笑)
新型コロナの影響で、4日先の稽古場も決まらない状況だった。
(菅原さん)「12日って空いてますか」
(施設の職員)「ワクチン接種の日で広い部屋が空いてないです」 (主宰・菅原直樹さん)
「新型コロナがすごく身近に感じ始めた。場所が借りられないので、結構大変でした。台本がバタバタで遅れちゃって、3月のまん延防止措置明けから本格的に動き出した感じ。(公開稽古にしたのは)稽古場で生まれるものがとても多いので、それをお客さんと楽しもうと…ちょっと開き直った感じ」
◆看板俳優のこだわり◆
菅原さんは、95歳の看板俳優、“おかじい”こと岡田忠雄さんに、ある提案をした。 (菅原さん)「新型コロナがひどくなって活動できない時、休みにするのか…やっぱり我々はこの状況でも演劇を出来たらと思うんですよ」
(おかじい)「それは大賛成」
(菅原さん)「その一つとして、『オンラインを通じてお芝居ができたら』面白いんじゃないかと思ったんですよね」
オンラインで演劇のワークショップを開こうと説明する菅原さん。おかじいは・・・
(おかじい)「僕にはできない。舞台だったらどんな役でも命をかけてするけど、テレビ電話で命をかけることはできない。まずインターネットの意味を知らないもの、年寄りは」 老後は映画や芝居にエキストラとして出演することを夢みていた“おかじい”。約30年前、今村昌平監督の映画「黒い雨」にエキストラとして参加した思い出は宝物だ。
◆妻の介護◆
“おかじい”には認知症の妻・郁子さんがいる。自宅で面倒をみる、いわゆる“老老介護“だ。2015年。 (おかじい)「おーい郁ちゃん、おいしいのができたよ。起きて」「おいしい?じゃあゆっくり食べるんよ」 (おかじい)「ちょっと休憩…一服じゃ」 郁子さんの深夜徘徊はおかじいを追い込んでいった。
(おかじい)「今からどこ行くの?暗いからだめ、外行ったら」 (おかじい)「よそ様の家の玄関先で寝たり、座り込んだりしている」
そして2022年1月。 郁子さんの症状は徐々に進行し、1年前、家に戻ってこられなくなった。 “おかじい”のことをほとんど認識できない郁子さん。それでも、おかじいは郁子さんを励ます。
(おかじい)「はい食べて…おいしい?」「あしたまた来る、ご馳走持って来る、ありがとう」 ◆監督との絆◆
本番まであと9日。劇団は合宿を行うことになり、主宰する菅原さんは、“おかじい”を迎えにやってきた。 (菅原さん)「明日とあさって稽古があるので、奈義町に2日間泊まってもらいます。きょうは移動だけ。2泊しますから、洋服も準備します」
(おかじい)「ここまでしてくれる監督…人物はいますか」 (主宰・菅原直樹さん)
「僕は演劇に出会えた…おかじいに出会えた。演劇をすることによって徐々になりたいものになれた。やりたいことができた」 「もしかしたら、今まで演劇に出会ってないけど、演劇に出会ったら化ける人がいるかもしれない。やりたいこと、なりたいものになれる人がいるかもしれない。岡田さんはすごくその魅力が詰まった人。88歳で演劇に出会って95歳の今も演劇を続けている。まだまだ自分の芸に満足しない。そういう稀有な存在の岡田さんに会ってもらいたい。色んな人たちに」
◆舞台に命をかける“おかじい”◆
その夜、“おかじい”は菅原さんに思っていることを話した。 (菅原さん)「疲れたけど楽しい1日でしたね」
(おかじい)「そうだけども…楽しくなかったこともあります」
おかじいは、今回スタッフとして参加するプロの劇団員を、『役者として出演させてほしい』とお願いした。
(おかじい)「もともとOiBokkeShiの劇団員ですよ。わしがもし監督だったら、新しく入った奈義の人を削ってね・・・」
(菅原さん)「でも今回は違います。そういう趣旨ではないですから」
(おかじい)「それは理解できません」 出演者は初心者ばかり。しかも見せるのは未完成の舞台・・・舞台に命をかける“おかじい”の不満と不安は一気に噴き出した。
(おかじい)「『直樹監督が出演を認めてくれました』と言っている。明日来るんですよ」
(菅原さん)「なんでそれを言っちゃったんですか!・・・私監督ですから。従ってください。身を引き締めて演劇をつくっていきましょう」 ・・・結局、菅原さんは“おかじい”の提案を受け入れなかった。そして、公開稽古の日の朝がきた。
(※4につづく)