2022.10.20
史上初の試み モータースポーツを“手話で実況”してみたら…“新たな楽しさ”が健常者にも見えた【岡山】
実況アナウンサーと解説者の言葉を、切れのよい手ぶりや豊かな表情で表現していく・・・。「モータースポーツ観戦のバリアフリー化」を目指した“手話実況”の実証実験が、10月15日、岡山県美作市の岡山国際サーキットで行われました。
“手話実況”は、一般財団法人トヨタ・モビリティ基金が開催する2022年アイデアプロジェクト、「Make a Move PROJECT」の一次審査で採択され、「スーパー耐久レースin岡山」の会場で行われました。
約30年にわたって手話放送に取り組んできた岡山放送が提案したアイデアで、「誰一人取り残されないモータースポーツ観戦」を目指す取り組みです。
当初は「聴覚障害者のために」と企画されたアイデアでしたが、終了後には多くの健常者からも「モータースポーツの新たな楽しさを発見した」という声が。手話実況の何が心に響いたのでしょうか?
■実況するのは“ろう者”の早瀬さん 初めての手話実況者を務める事になったのは、ろう者(聴覚障害者)の早瀬憲太郎さん(49)。聴覚に障害を持つ人の立場から、レースの魅力を伝えます。早瀬さんは、NHKの手話番組に長年講師として出演する一方で、ろう者のオリンピック、デフリンピックに自転車競技で出場したアスリート。「手話通訳」ではなく、あくまでも「手話実況」にこだわりたいと力を込めます。 (手話実況に挑戦する早瀬憲太郎さん)
「私は自分の感情も伝えたいと思っています」
全国のサーキットを自転車で走った経験があるものの、モータースポーツを実況するのはもちろん初めて。本番に向けて、スーパー耐久レースの勉強会を開き、東京のフジテレビでF1などを担当したスポーツアナウンサーから講義を受けるなどして、準備を進めました。
■難しい「レース用語の手話変換」 そして迎えた“手話実況“当日。サーキット内に設けられたレース配信チャンネル《S耐TV》の中継ブースに、手話実況専用のスペースが作られました。ブースにやってきた早瀬さんは一言、「体に振動を感じますね」。マシンの爆音は聞こえなくても、空気の振動はろう者にも伝わります。 ろう者の早瀬さんが手話実況するため、通訳は「2段階」になります。まず、《S耐TV》の実況アナウンサー・数野祐子さんと、解説の福山英朗さんの言葉を、2人の健常者が手話通訳。その手話とレースの映像を見ながら、早瀬さんが手話で実況します。
通訳が遅れれば、刻々と変わるレースの状況を伝えられません。特にモータースポーツは、【車番、チーム、選手名】などプロフィールが長いのが特徴。簡潔に表現する必要があります。
(早瀬憲太郎さん)
「レクサスは『L』で表現しましょう」
一文字で表現できる方法を、早瀬さんが提案します。マシンに関わるものなど、他にも難しいレース専門用語はいっぱい。手話でどう表現するか、入念に打ち合わせます。 (手話通訳者)
「知らない単語が出てきたら、(50音の)指文字で表現するので大丈夫です」
長年、岡山放送の手話放送を支えてきた通訳者から頼もしい言葉が。2人もこの日のためにレースを学び、シミュレーションを重ねてきました。 一方、実況の数野さん、解説の福山さんは、「よりわかりやすい言葉で表現できないか」頭をひねります。その道のプロたちが頭をフル回転させ、歩み寄りながら、少しずつ形が出来ていきました。
■手話の“豊かな表現”に驚き
午後1時10分。YouTube配信が始まりました。 史上初の手話実況のスタートです。コースが映された画面の右下に、ワイプで早瀬さんの姿が写ります。 実況するのは、1周のタイムを競う「スーパー耐久レース」の予選、約1時間です。 実況解説のコメントにあわせて、早瀬さんは表情豊かに手話をしていきます。 (解説)
「ここはフルブレーキングで一気に減速します」
手のひらを前に押し出し、ブレーキを踏む様子を表現する早瀬さん。顔はしかめっ面。本当に急ブレーキをかけているようです。
(解説)
「ここはヘアピンコーナーです。女性のヘアピンのような形をしている事から名づけられました」 指を鍵のような形に曲げ、キュッキュッと動かすと、まるで車がヘアピンコーナーを曲がっているように見えます。解説の福山さんも、専門用語をかみ砕き、いつもよりわかりやすい表現を心掛けます。
走っている車を見ているだけではわからない、ドライバーの肉体的負担、感じる重力などが、早瀬さんの手話を見ることで手に取るようにわかります。見ている人は、まるで一緒にマシンをドライブしているような気持になります。
■レース観戦の“新たな楽しみ”が見えた 途中、マシンのスピンによる赤旗(レース中断)もありましたが、そんなトラブルも手話でしっかりと実況し、約1時間の配信は無事終了しました。汗びっしょりの手話通訳者。ホッとしたような表情の早瀬さんからは、達成感も感じられました。 (早瀬憲太郎さん)
「素晴らしいチームワークのお陰で最後までやり遂げることができました。まさしく歴史に残る日となりました」
“手話実況”をつけることで、聴覚障害者だけでなく、YouTubeを視聴していたレースファンからも、「これはわかりやすくていいな」「表情豊かで素晴らしいですね。感心を通り越してジーンとしてきた」などのコメントが寄せられ、健常者も新たな楽しみ方を発見した様子。
音のない世界でレースを感じた早瀬さんだからこそ、急激なスピードの変化や、鋭いコーナーリングなど、音以外のレースの魅力をしっかり伝えられたのかもしれません。またアスリートだからこそ、選手の肉体的負担を代弁できたのかもしれません。いずれにしても、“史上初の手話実況”は、レースの新たな魅力を引き出しました。 ■レースの感じ方は他にも
今回の実証実験では、視覚障害者にもレースを感じてもらおうと、サーキット内の広場に、備前焼で作ったコースの縮尺模型も展示されました。触ってコースの雰囲気を感じてもらうのが目的で、備前焼のザラザラした感触は、サーキットの路面を実際に下見して再現されました。 今回のレースに「モリゾウ」のレーシングネームで出場したトヨタ自動車の豊田章男社長もここに訪れ、備前焼の説明を受けたほか、手話実況を終えた早瀬さんとも交流しました。 健常者と障害者が互いに歩み寄り、理解することで、これまで見えていなかった“ものの見方”を発見したり、新たな楽しみを見つけられる・・・。手話実況の実証実験は、「バリアフリーとは何か」を改めて考えさせる、学びの場となりました。
(手話実況の様子はこちら)
当初は「聴覚障害者のために」と企画されたアイデアでしたが、終了後には多くの健常者からも「モータースポーツの新たな楽しさを発見した」という声が。手話実況の何が心に響いたのでしょうか?
■実況するのは“ろう者”の早瀬さん 初めての手話実況者を務める事になったのは、ろう者(聴覚障害者)の早瀬憲太郎さん(49)。聴覚に障害を持つ人の立場から、レースの魅力を伝えます。早瀬さんは、NHKの手話番組に長年講師として出演する一方で、ろう者のオリンピック、デフリンピックに自転車競技で出場したアスリート。「手話通訳」ではなく、あくまでも「手話実況」にこだわりたいと力を込めます。 (手話実況に挑戦する早瀬憲太郎さん)
「私は自分の感情も伝えたいと思っています」
全国のサーキットを自転車で走った経験があるものの、モータースポーツを実況するのはもちろん初めて。本番に向けて、スーパー耐久レースの勉強会を開き、東京のフジテレビでF1などを担当したスポーツアナウンサーから講義を受けるなどして、準備を進めました。
■難しい「レース用語の手話変換」 そして迎えた“手話実況“当日。サーキット内に設けられたレース配信チャンネル《S耐TV》の中継ブースに、手話実況専用のスペースが作られました。ブースにやってきた早瀬さんは一言、「体に振動を感じますね」。マシンの爆音は聞こえなくても、空気の振動はろう者にも伝わります。 ろう者の早瀬さんが手話実況するため、通訳は「2段階」になります。まず、《S耐TV》の実況アナウンサー・数野祐子さんと、解説の福山英朗さんの言葉を、2人の健常者が手話通訳。その手話とレースの映像を見ながら、早瀬さんが手話で実況します。
通訳が遅れれば、刻々と変わるレースの状況を伝えられません。特にモータースポーツは、【車番、チーム、選手名】などプロフィールが長いのが特徴。簡潔に表現する必要があります。
(早瀬憲太郎さん)
「レクサスは『L』で表現しましょう」
一文字で表現できる方法を、早瀬さんが提案します。マシンに関わるものなど、他にも難しいレース専門用語はいっぱい。手話でどう表現するか、入念に打ち合わせます。 (手話通訳者)
「知らない単語が出てきたら、(50音の)指文字で表現するので大丈夫です」
長年、岡山放送の手話放送を支えてきた通訳者から頼もしい言葉が。2人もこの日のためにレースを学び、シミュレーションを重ねてきました。 一方、実況の数野さん、解説の福山さんは、「よりわかりやすい言葉で表現できないか」頭をひねります。その道のプロたちが頭をフル回転させ、歩み寄りながら、少しずつ形が出来ていきました。
■手話の“豊かな表現”に驚き
午後1時10分。YouTube配信が始まりました。 史上初の手話実況のスタートです。コースが映された画面の右下に、ワイプで早瀬さんの姿が写ります。 実況するのは、1周のタイムを競う「スーパー耐久レース」の予選、約1時間です。 実況解説のコメントにあわせて、早瀬さんは表情豊かに手話をしていきます。 (解説)
「ここはフルブレーキングで一気に減速します」
手のひらを前に押し出し、ブレーキを踏む様子を表現する早瀬さん。顔はしかめっ面。本当に急ブレーキをかけているようです。
(解説)
「ここはヘアピンコーナーです。女性のヘアピンのような形をしている事から名づけられました」 指を鍵のような形に曲げ、キュッキュッと動かすと、まるで車がヘアピンコーナーを曲がっているように見えます。解説の福山さんも、専門用語をかみ砕き、いつもよりわかりやすい表現を心掛けます。
走っている車を見ているだけではわからない、ドライバーの肉体的負担、感じる重力などが、早瀬さんの手話を見ることで手に取るようにわかります。見ている人は、まるで一緒にマシンをドライブしているような気持になります。
■レース観戦の“新たな楽しみ”が見えた 途中、マシンのスピンによる赤旗(レース中断)もありましたが、そんなトラブルも手話でしっかりと実況し、約1時間の配信は無事終了しました。汗びっしょりの手話通訳者。ホッとしたような表情の早瀬さんからは、達成感も感じられました。 (早瀬憲太郎さん)
「素晴らしいチームワークのお陰で最後までやり遂げることができました。まさしく歴史に残る日となりました」
“手話実況”をつけることで、聴覚障害者だけでなく、YouTubeを視聴していたレースファンからも、「これはわかりやすくていいな」「表情豊かで素晴らしいですね。感心を通り越してジーンとしてきた」などのコメントが寄せられ、健常者も新たな楽しみ方を発見した様子。
音のない世界でレースを感じた早瀬さんだからこそ、急激なスピードの変化や、鋭いコーナーリングなど、音以外のレースの魅力をしっかり伝えられたのかもしれません。またアスリートだからこそ、選手の肉体的負担を代弁できたのかもしれません。いずれにしても、“史上初の手話実況”は、レースの新たな魅力を引き出しました。 ■レースの感じ方は他にも
今回の実証実験では、視覚障害者にもレースを感じてもらおうと、サーキット内の広場に、備前焼で作ったコースの縮尺模型も展示されました。触ってコースの雰囲気を感じてもらうのが目的で、備前焼のザラザラした感触は、サーキットの路面を実際に下見して再現されました。 今回のレースに「モリゾウ」のレーシングネームで出場したトヨタ自動車の豊田章男社長もここに訪れ、備前焼の説明を受けたほか、手話実況を終えた早瀬さんとも交流しました。 健常者と障害者が互いに歩み寄り、理解することで、これまで見えていなかった“ものの見方”を発見したり、新たな楽しみを見つけられる・・・。手話実況の実証実験は、「バリアフリーとは何か」を改めて考えさせる、学びの場となりました。
(手話実況の様子はこちら)