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2023.07.06

「2階に上がってくれたら助かっていた」西日本豪雨で母親を亡くした男性 後悔と決心【岡山・倉敷市】

西日本豪雨で母親を亡くした男性が、倉敷市真備町にいます。決して癒えることのない悲しみと、災害から命を守るための決心。豪雨から5年の今、思いを聞きました。

(平松頼雄さん)
「ちょっとかわいそうな死に方したなと、泥だらけだったからね。どうしてあげることもできなかったからね」
 
真備町有井に住む平松頼雄さん(70)。当時87歳だった母・房子さんは、近くで一人暮らしをしていた自宅で、亡くなりました。
西日本豪雨 遺族の思い02
(平松頼雄さん)
「6日の日も病院整形に行く予定だったけど、雨でやめておこうと話をしたのが、電話での最後の言葉」

5年前のあの日、平松さん自身が妻や息子たちと暮らす自宅も水につかりました。避難した2階から何とか向かいの建物の屋上までたどり着き、ボートで救助されました。
西日本豪雨 遺族の思い03
(平松頼雄さん)
「この上に何十人もおったんですよ、船が来たらそれに乗っていったり、ヘリコプターで行った人もいたし、だいたい船でみんな」
西日本豪雨 遺族の思い04
平松さんは、避難所に着いて初めて、母・房子さんが亡くなったことを知りました。

(平松頼雄さん)
「2階に上がってくれていたら助かっていたと思うんだけど、2階に上がることができていなくて、1階のベッドの近くで亡くなっていたのは残念」
西日本豪雨 遺族の思い05
自分がもっと早く避難し、母に声をかけることもできたのではないか…。今も後悔しているといいます。
西日本豪雨 遺族の思い06
(平松頼雄さん)
「もうちょっと長生きしてもよかったのかな」

豪雨から5年、平松さんはあの日を教訓に、2021年に防災士の資格を取得。地域の防災会に参加し、お年寄りに声を掛け合って、早めの避難を呼びかける取り組みを続けています。
西日本豪雨 遺族の思い07
(平松頼雄さん)
「早めの避難、これしかないですね、避難しても何もなかったということがあるが、それがあったとしても早めの避難が一番と言いたい」
 
母への思いは、自分や大切な人の命を二度と災害で失わせない。そんな平松さんの決心でもあるのです。